ToMoNoRiの日記

発達障害のアスペルガーに悩む男

緊張が生む認識のなかの悶えと苦しみ

僕はとかく緊張しやすい体質である。「なにからなにまで緊張することなんて

感覚的にありえないんだけどなー」と思っていても、なんだか気持ちの中で

ゆがんだ自分との向き合いの感じ方における、らしくない思いが忍びよってきて

なんともいいがたい、もがきのような苦しみに襲われる。

もったいないなとおもうほど、僕が青臭い思いになれてなくて、思春期のころに

感じた「落ち着きのない自分はだめなんだ」という自分をおとしめたい自己

リベンジ感に自分が快く応じているだけの、普段どうりの僕の姿が、あまりにも

思いつめた表情をさらすことの恥が僕を襲ってくる、そこに、異様な緊張感が

生まれて、思いどうりの自分のように思えないのだ。

感謝しても、感謝しきれないほど、生まれてきたことを素直に喜びたいのに、

そう思えないのは、おとしこめた雰囲気だけの自分の笑顔のなさに、人の情けがありが

たくおもえても自分としての明確なスタンスが、あまり効果を発揮しないのは、きっ

と、感情のなかにある、まかないきれない自分の愛情にたいする、こだわりが男として

の僕の感じ方にプライドを見せようとしないのは、きっと、周りとの関係性のなかで

もまれて鍛えられることの気持ちの抗いがきて、自分をみせたくなくなってしまうこと

かもしれない。

それは、いかにプライドを本気に捉えても、自分が男として、じり貧になりやすい

体質の持ち主であることの答えが、気持ちを遊ばれているかのように誤解してしまい、

僕の本当の心のもちえかたとしての、気取りがちらほら見えて、一向に気分が乗らない

、それは、期待と裏腹の気持ちの中で自分がどうみられているのかという、面持ちの

気にし方が異常に感じて、人の思いに素直になれない=自分の思いに自信がもてない

気がする。

「男として、御託をならべるだけなら、じぶんがそう思いたいようにすればいいと

感情に言い聞かせて、自分がそうありたいと気づくことに緊張に勝てるヒントが

あると思いたい。」

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