ToMoNoRiの日記

発達障害のアスペルガーに悩む男

たまにふと思う自分と人とのわだかまりがなにかしらの意味をもつ

自分がほのめかすことない、いわれのない事実でも、人は基本的に行いのあからさま

さにたいして、僕としてではなく、奇人のような、自分とおもえないほどの邪悪な存在

として判断できそうな、人とのわだかまりのなかで、僕の思う人の良さってなんだろ

う?

妄想のなかに、入り込んでくる、人の感じることのできる、意味のない言葉って、

自分にとっての、意味の掘り下げになってくるようで、思っている以上の本心の

あからさまさに、思うひとの感じ方になってくるのか。

 

自意識のなかの行動制の衝動として、自分のおこないが人にとっての感じに悪印象

をもってしまうことに、新しい自分の開眼として、自分の悩みを打ち明けることに

自分がありがたいとおもえることの、自分がいい子にしていることの我慢として

自分が記憶にあることのすべてとして、僕がいい子に目覚めるかのごとく、自分の

悪いことのなぞらせかた、いい子のノリでいい風に思わせることの、感情の期待感が

意識のなかで、十分にありきたりに感じ入り、答えに関する思惑が感じえる人との

答えの持ちようであって、こらえようがない、自分の勘違いではないかと思うと

勢いになって変えってくる答えが基本的な本当の印象にたいする、人の素直な気持ち

に思うことの、ダークな感覚が本質的な行動の素っ気なさになっていき、自分が思う

ことのほのかな思いにたいする印象操作が、おもいきった行動の原点にならずとも

その感じ方の感度が、段階的に変わっていくことの、行動の価値観として、焦点の

しぼれているレンズのように、とおく見渡せることのできる、澄んだ心のように

、惨憺たる思いのなさに、わだかまりのある人に感じる、底なしの美徳感情が

人に感じ方の術を教わるかのように、僕と人の間に感じ入る自分の心の打たれよう

に、憧れ惑う自意識の謎、それは、基本的な要求として、自分が感謝できることの

喜びにおもうことの、わだかまりの意味。

 

「自分が思っている以上に、人はそう思いたがるのには、自分の感じ方

が一緒になれることの憧れが、人のなかの僕であってほしい」

 

蝶1

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